KAWACHIAN Story 001「新歌舞伎座」

大阪・新歌舞伎座。幼い頃から、この街の熱気の中で育った。
この写真は、昭和三十年代後半の大阪・難波です。
左に見える建物は、新歌舞伎座。
僕にとって、この街は故郷の一つでした。
母は、大阪で演芸や格闘技などの興行に携わる家族のもとで育ちました。
そのため幼い私は、母に手を引かれ、新歌舞伎座や道頓堀、心斎橋、千日前といった大阪文化の中心を歩いていました。
役者さん、芸妓さん、興行師、看板絵師……。
幼い僕の周りには、普通の子どもが出会うことのない大人たちがいました。
看板絵師の先生に絵を教えていただいたこと。
大きなプロレスラーに軽々と抱き上げられたこと。
祖父と手をつないで道頓堀を歩いたこと。
街のおじさんやおばさんが、祖父を見ると笑顔になり、幼い僕の頭を何度も撫でてくれたこと。
特に新歌舞伎座の中では、役者さん、芸妓さんが山ほど私の頭を撫でてくれたことは、子どもだった僕は、そのたびに体が沈むので、少し嫌だったことまで、今でも鮮明に覚えています。
そして、この頃の記憶の中には、二歳で離婚する前の父と母が仲良く歩く姿もあります。
チンチン電車が走る難波の街。
その景色だけは、今でも映画のワンシーンのように心に残っています。
僕は河内で育ちました。
でも、歌の原風景は、この難波の街にもあります。
KAWACHIANの歌の中に流れている、人情や温もり。
その始まりは、この街だったのかもしれません。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です